中国の最新OMO事例から日本企業は何を学ぶか?
2019年10月1日に開催されたセミナー「中国とインドから学ぶ、OMO(O2O)市場の新潮流」において、『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る』の著者であり、株式会社ビービット 東アジア営業責任者の藤井保文氏(以下、藤井氏)とLINE株式会社 OMO販促事業推進室 室長の江田達哉(以下、江田)が「中国の事例を踏まえた、日本ならではのOMOとは?―来たるべきOMO時代に日本の企業が備えておくべきこと―」をテーマに講演した。
デジタルトランスフォーメーションで世界をリードする中国の最新OMO(Online Merges with Offline)事情から、日本企業は何を学ぶべきか。講演の模様をレポートする。

デジタルがリアルを飲み込む「アフターデジタル」
冒頭、株式会社ビービットの藤井氏は「ニュースなどでもよく報じられていますが、中国には今、オフラインが存在しないと言っても良い状態と言えます。日常生活やオフラインにデジタルが浸透しきった状況にあります」と中国の現状について明かす。
支払いはモバイル決済で電子化され、レストランではスマートフォンのアプリだけで注文から決済までが完了する。買い物も同様、アプリで日用品や生鮮食品の注文から配送指定が可能で、店頭販売と変わらぬ条件で購入できる。さらに、配車アプリやシェアサイクルなど移動手段にまでデジタルが浸透し、信用スコアによって人々の与信情報まで可視化されている。
そんな社会の隅々までデジタルが浸透しきった状況を、藤井氏は「アフターデジタル」と称している。同氏の著書『アフターデジタル オフラインのない時代に生き残る(藤井保文、尾原和啓 著/日経BP社)』は今年3月に発売され、ベストセラーとなっている。
「中国のデジタル社会における現状は日本でも知られるようになりましたが、誤って理解している日本企業が少なくありません。日本ではリアルとデジタルの併存という考え方が強く、デジタルトランスフォーメーションという言葉が普及しているわりには、デジタルはリアルのプラスアルファの付加価値でしかないとの発想が多いのです。むしろデジタルがリアルを飲み込んでいく、OMOが中国企業の姿勢です」(藤井氏)

株式会社ビービット 東アジア営業責任者 藤井 保文氏
このアフターデジタルの世界における成功例として示されたのが、保険会社である中国平安保険のアプリ「平安グッドドクター」だ。中国で病院に行くと、日本では考えにくい水準のサービス品質に出会うことがある。同アプリではチャットによる医師による通院前の健康相談や医師の指名予約、健康情報記事の配信など、豊富なサービスやコンテンツで日常的に活用するユーザーを獲得した。従来型の保険販売では営業員と顧客のリアルでの接触が不可欠だったが、中国平安保険は体験提供型サービスを通じて顧客の行動データを入手し、結果的に効率的な保険営業につなげることに成功していた。
「デジタルサービスのプレイヤーだけではなく、従来型保険商品を扱う既存の大企業でも保険会社という既存企業もアフターデジタルの時代に合わせて大きく変化しているのです」(藤井氏)
日本流OMOはどのように実現できるか
法律や文化の異なる日本では、どこまで中国企業のような手法が可能なのか。LINEの江田は「2019年6月に開催されたLINE CONFERENCE 2019にて、当社トップ(LINE株式会社 取締役 CWO 慎ジュンホ)はオンラインとオフラインが融合したOMOの概念によって『Life on LINE』の実現を目指すと発言しています」と紹介し、日本ならではのOMOをLINE上で実現していく方針を明かした。
藤井氏によると、行動データ利活用・体験価値向上のサービスは大きく「ターゲット・タイミング・コンテンツ等のマッチング」「業務やサービスの品質管理への応用」「ゲーム化によるモチベーション向上」という3つのパターンに分けられる。江田は3つのパターンに対応した日本におけるLINEの活用事例をそれぞれ紹介した。
まず、「ターゲット・タイミング・コンテンツ等のマッチング」に該当するものとして、2019年2月から提供されているサービス「LINEチェックイン」を活用したローソンでのキャンペーンが挙げられた。「LINE Beacon*」が設置された店舗にユーザーが入店すると、店内で使えるクーポンがもらえるメッセージが配信され、買い物直前のユーザーに対して欲しい情報をプッシュ型メッセージで提供することができる。最近、LINE Beaconに関する相談が増加していて、店舗での情報発信に、アパレルのハイブランドが数多く活用している。QRコードを読み込むよりも、スマートな顧客体験が実現されているという。
*「LINE Beacon」は、LINE株式会社が運営するコミュニケーションアプリ「LINE」上で、街中等に設置されたBeacon端末からの信号情報と連動して、ユーザーとコミュニケーションを行うことのできるサービスです。利用にあたっては「LINE Beacon」対応のビーコン端末が必要となります。
「業務やサービスの品質管理への応用」では、すでに複数の企業、地方自治体との事例がある。例えば、ヤマト運輸株式会社では、不在通知から再配達手配までのすべてがLINE上で完結する。千葉県市川市の実証実験では、住民票の発行・郵送をLINEから申し込むことができる。単なるメッセージ配信だけではなく、利便性の高い機能を提供することで体験価値を生み出している。
「ゲーム化によるモチベーションの向上」については、中国事例のような配達スタッフのサービスを平準化させるためのゲーム化というよりも、エンドユーザーの楽しさをアップさせるような事例が多い。
また、このテーマについては、サントリー食品インターナショナル株式会社のサービス「TOUCH・AND・GO COFFEE」も紹介された。LINEから自分の好みに味やラベルをカスタマイズしたコーヒーを注文することができ、選択した時間に店舗を訪れロッカーから商品を受け取る楽しさを提供している。簡単に事前注文できる実用性だけではなく、洗練された動画による演出や、自分用のマイボトルが清潔な個人ボックスに格納されている体験を含め、細部にまで配慮されたUXになっている。
これらの事例を紹介すると、江田は総括として次のように論じた。
「LINEへの相談内容は日本におけるサービスの課題感とイコールだとすると、もともと日本のサービスは水準が高く、(先の病院の例のような)サービスの不満を取り除くことから始める中国とは状況が異なっているように感じます。日本でOMOやデータ利活用を進めるに当たっては、現状の優れたサービスをもっと便利にしてほしい、もっと楽しくしてほしいというニーズが強いことに気がつきました」(江田)

LINE株式会社OMO販促事業推進室 室長 江田 達哉
藤井氏も「OMO時代のデータ利活用に取り組む際に、どういう体験価値を提供できるかの定義が第一であって、とにかくデータを取得したいという姿勢では失敗する」と指摘する。ユーザーにとってメリットとなる体験価値を提供すれば、自然とデータは集まる。そのデータを活用してさらに体験価値を向上させるサイクルを回すことが重要だと強調した。
江田も「特に日本では、日本らしい体験価値を捉えることが重要」だと語る。
「中国では来店者への情報発信もQRコードが主流ですが、日本ではiPhoneの普及によりBluetooth ON率も高いので、ビーコンを活用してよりスマートな体験ができるなど、求められるサービス改善ニーズが中国とは異なっています」(江田)
中国のモノマネではない、日本流OMOの実現には、細部に宿るユーザーエクスペリエンスの心地よさ、楽しさの追求という日本で求められるニーズを、いかに解決するかが重要となりそうだ。
(取材・文:高口康太、写真:小川孝行)
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